春の花見の席で友達が私に言った。
「今年のゴールデンウイークは夫婦でタイの島へ旅行に行くんだ。いいだろ〜」
いいなあ、タイか〜、いいなぁ。そういえば歌手の遊佐未森さんが、コンサートでこんな事を言っていた。
『この前タイに旅行に行ったんですよぉ。とってもいいところでねぇ。ナーンてゆう小さな町に行ったんだけど、ちゃんとしたホテルも一軒ぐらいしかない小さな町でねぇ、何にも無い所なんですけどぉ。・・・ナーンは、なんにもナーン』
よしっ！タイに行こう！
タイへ向かう飛行機の中、コーラを飲みながらガイドブックをながめる。初の海外一人旅でやっぱり緊張していた。本当はコーヒーが飲みたかったんだけど、コーラが来ちゃったんだもんな、ぜんぜん英語が通じないんだもんな。先行きが不安だ。
タイ旅行を決めたときに色々な旅行会社に電話してチケットを探した。連休間近で安いのは無いかと思ったけど往復で４万円台のがあった。深夜到着、早朝帰国だったが、ぜいたくはゆってられない。
最初はナーンへ行こうと思ったんだけど、行き方が良くわからない、初心者はあんまり無理しちゃいけない。ガイドブックとにらめっこしてルートを検討した。
『チェンマイに行ってトレッキングツアーに参加し、その後メーサイに行き国境をながめる。メコントライアングルだ。余裕があったら、ちょっとだけミャンマーへ行こう。』
よし！完璧な計画だ。
旅行会社にチェンマイ往復のチケットを追加する（プラス数千円の追加ですんだ）。海外旅行の障害保険にも入った。万が一身ぐるみ剥されても何とかなるように、ズボンの裏側にパスポート番号やらクレジットカード番号、緊急連絡先の電話番号を書き込んだ。なぁんてしっかり者なんだ、これで怖いもんなしだ。
出発の間までに準備はなんとか整った。
ガイドブックを読み返してチェンマイで泊まる宿の目安を付ける。さっきから機内サービスのビールやらワインやら飲みたおして、けっこう出来上がってしまった。気が大きくなってスチワーデスのおねいちゃんに日本語で注文する。
「コーヒーちょうだい」
「ＯＫ」
ありゃりゃ、通じちゃったよ。
『英語は発音じゃぁありません。大きな声でハキハキとしゃべりましょう』
さて、話しは飛んでチェンマイ空港に到着です。（バンコクは一晩いただけなので）
降り立ったチェンマイ空港は、イメージしていたのとちょっと違っていた。えらくのんびりしている空港だ。日本の田舎の方の空港に感じが似ている。呼び込みやガイドなんかが押し寄せてくるもんだと思っていたのだが、その手の人達は誰もいない。ちょっと拍子抜けしてしまった。
空港内の“タクシーあっせん所”のような所でタクシーを頼む。そこで行先とタクシー料金を書いた紙をもらってタクシーに乗りこむようになっている。これはいいシステムだ、これならボラれることは無いもんね。
係りのおねえちゃんにガイドブックの地図を見せ「この辺に行きたいっ」と、うったえた。なんとか理解してもらい、その地図じゃあわかりづらいからと、おっきな地図までもらっちゃった。
もらった紙を持ってタクシーに乗り込む。とりあえずは町の中心へ行ってホテル探しだ。
陽気な運ちゃんが話しかけてきた。
「日本人か、なんだ一人で来たのか？一人じゃ寂しいだろう、ガールフレンドはいねえのか？」
大きなお世話だ！と、思ったが口には出さずあいまいな笑みを浮かべ、一人が好きなのさっと、うそぶく。
「おい、ホテルの前まで送ってやるぜ、何てホテルだい」
どうでもいいがこの運ちゃん、えらくなれなれしいな。
「いや、まだ決めてないんですよ。いろいろ歩いて気に入った所に泊まろうと思ってね」
「ほお、そりゃよかったな。で、何てホテルだい」
「・・・あ、いや、だから、これから探すんですよ。ノーリザーブです」
「わかったわかった。おれが聞いてるのは、ホテルのな、ま、え、」
うーんこりゃあ、らちがあかんなあ。しかたがないのでガイドブックで目安をつけてたホテルの名前を言うと、この運ちゃん、いきなり笑い出した。
「あっはっはあ、日本人はみんなあそこに泊まるんだなぁ。変わった連中だぜ」
「じゃかましいわっ、ガイドブックにええこと書いてあって安いからみんな行くんじゃ！おっさんいっぺんシバイたろか！」
もちろん口には出さずあいまいな笑みを浮かべる。ジャパニーズスマイルだ。
降ろしてもらったのはホテルの前のはずなんだけど、・・・どれがホテルだかなんだか良くわからない。ま、いいか。どうせさっきの運ちゃんの言葉でそのホテルに泊まる気はなくなっていた。
よしっ、ここでガイドブック広げて再検討してみっか。と、リュックを開けようとした瞬間！日本で予習してきた事を思い出した。
今回タイに行くにあたり、いろんな旅行記を読みあさって傾向と対策をねってきたのだ。で、その傾向と対策だが、旅行記の中でこんな文章があった。
『大通りで、でっかいカバンをぶら下げたまんまガイドブックや地図なんか見ててはいけません。日本一のカモネギ状態です。そんなあなたを見て、客引きやらポンビキが、わらわら寄ってきますよ』
おぉーそうだったそうだった。「ふっふっふっ。私を甘く見ちゃいかんよ、予習はバッチリだかんな」と、大通りを避けてちょっとした路地の方まで歩いていった。ここまでくればだいじょうぶだ。
よっこらせぇと、リュックを下ろし、ガイドブックを取り出した。
「ヘ〜〜イ、ミスタァ〜〜〜」
振り返るとそこには、片手にホテルのパンフレットをにぎり、満面の笑みをうかべたおっちゃんが手招きしていた。
見事なカモネギだった。
